スリランカと持田学園


 スリランカにあるお寺から、横浜大倉山にある有馬白百合幼稚園園長の母の菩提寺に、幼児教育の支援の依頼があったことが始まりです。
 持田学園としてスリランカ国立児童教育財団(NCEF)に金銭的支援をすることで、スリランカのベントータ市ゴーナガラプラに持田幼稚園を設立しました。

写真:スリランカ持田学園の看板

スリランカの持田学園と先生、子どもたち
平成9年11月撮影
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スリランカからのメッセージ
スリランカ国立児童教育財団(NCEF)創立者・理事長 バンダギリエ・ソーマワンサ セロ
 

 (略)
 スリランカ国南部のガル地方、ゴナガラプラにある幼稚園への寄付は、その園児、父兄、教師そして地域の人々から大変喜ばれています。この教育機関は、「幼児教育」の観点から、子どもたちの知育に貢献しています。彼らは、未来を担う子どもたちなのです。そして、スリランカの「幼児教育」発展に対する、持田氏のお志にも、心から感謝しております。かなりの出費を伴ったスリランカへの時折のご訪問も、我国の子どもの福祉に対する、氏の献身と情熱の賜物です。
 (中略)
 日本での「幼児教育」の勉強を終え、1985年、スリランカへ帰国した時、教育システムが正しく機能していない現実を目の当たりにしたことを、私はお伝えしたいのです。事実、それはまさに日本の昔の「託児所」の様でした。

 
 


セロ氏と持田副園長(中央)
 

 スリランカでは生活水準が低く、その為、ほとんどの施設が無償の提供を余儀なくされたのです。この状況を考慮にいれ、私設団体が、人々の目的が叶えられるよう、発足しました。残念ながら、その「幼児教育」は、我国の文化面、精神面の良さを全く取り入れようとはしませんでした。更に、裕福な人々が、お金を払って子守を雇ったり、正式な責任を持たない場所へ子どもを預けたりしました。これらの場所が「モンテッソーリ教育法」として知られ、今日でも機能しています。
 日本で勉強していた時、「幼児教育」は、健全な教育と良い社会を構築する為に、子どもが受けるべき最も重要な教育だということは明らかでした。よって、日本人の文化遺産が保護され、その独自性が幼稚園児の時に受けた、健全な教育のおかげで確立されたことは明らかです。私もまた、教育の基礎体系に主眼を置き、スリランカの文化遺産に合った「幼児教育」の体系に着手しました。初等・中等教育と同様、幼児教育における教育体系を修正できたと言えることを嬉しく思います。我国の人々は、この改革の意義を認めています。持田氏の、有馬白百合幼稚園設立への精力的な姿勢に感銘を覚えます。
 有馬白百合幼稚園の前途に、幸多かれとお祈り致します。

※メッセージは、平成10年に有馬白百合幼稚園30周年の祝辞として書かれたものです。


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