スリランカの人々


 現在スリランカと呼ばれる島には、何千年も前から人が住んでいた。ベッダ人は灌漑農業を営み、陶器や鉄器を用いて生活していた。紀元前504年、ヒンドゥー教徒の王子ビジャヤが、彼の民とともにインド北東部からスリランカに移住し、シンハラ王朝を築いた。
 ベッダ族はビジャヤ王子の支配下におかれ、大部分がこの新しいヒンドゥー教社会に同化していった。今日のシンハラ人は、この人々の子孫である。
 前3世紀中ごろに仏教がつたえられ、その浸透とともに高度に発達した古代シンハラ文明がきずかれた。多数の貯水池を水路網でつないだ広大な灌漑(かんがい)事業をはじめ、王都アヌラーダプラを中心とする多くの町や寺院などの建造物は、古代シンハラ人が高度な工学・建築技術をもっていたことをものがたっている。



伝統的な衣装サリー
 


歓迎式典での踊り

 少数民族の大部分を占めるタミル人は2つに分けられる。数の多いスリランカタミル人の祖先は、シンハラ人と同じころにインドから移住してきた。一方、インドタミル人は紅茶のプランテーションで働くために、イギリス植民地時代のインドから連れてこられた人々の子孫である。タミル人は北部、東部、中南部に集中している。


国 民
 
民族構成
シンハラ人
タミル人
ムーア人
バーガー人、マレー人、ベッダ人
74%
18%
7%
1%
言  語
シンハラ語(インド語派)/公用語
タミル語(ドラビダ諸語)/公用語
英語
1956年から1987年までタミル語が公用語からはずされたことがきっかけで、70年代に暴動が起こった。
74%
18%
10%
宗  教
仏教 (小乗仏教)
ヒンドゥー教
キリスト教
イスラム教
カースト制はシンハラ社会とセイロン・タミル社会のいずれにも存在しているが、インドよりも規制の少ない独自のものである。
69%
15%
8%
8%

教 育

 義務教育は5〜15歳で、初等・中等・高等教育の大半は公立である。
 識字率は 90.2%(1995年) と、この地域では高い数値である。若者の場合は95%にもなる。

 ほとんどの子供が小学校を終えて、中学校へ進み、卒業する率も高い。大人たちの世代でも平均7年間の学校教育を受けており、近隣諸国と比較して高い水準にある。
 政府は職業技術の習得を奨励しているが、学歴を尊重する伝統があるため、大学への進学率が高い。1942年にセイロン大学として創立され、78年に改称されたスリジャヤワルダナプラ大学をはじめ、コロンボ大学などがある。

持田学園の子どもたち
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食文化

 主食は米で、毎食必ず食べる。料理はそれぞれの民族ごとに異なるが、長い年月の間に互いの料理法が取り入れられたため、スリランカ料理はさまざまな民族料理の組み合わせとなっている。カレーは種類が多く、辛いものとそれほど辛くないものがある。
 スリランカ人は肉よりも豆類や木の実を好んで食べる。米かパンに、カレーまたはダル (豆のスープ)、キャベツやニンジンなどの野菜料理というのが一般的。
また、スパイスのきいたココナッツの料理ポルサンボルや、揚げたタマネギとトウガラシの辛い料理カタサンボルもよく食べる。
 バーガー人の作るケーキや砂糖菓子も有名で、この国の食文化の一部となっている。紅茶は食事のあとや、お茶の時間に飲む。
 宗教によって、食べるものも異なる。教義に忠実な仏教徒は植物性の食品しか食べないが、なかには魚や卵を食べる信徒もいる。ヒンドゥー教徒は菜食主義者が多く、そうでない人も牛肉だけは食べない。一方、ムスリムは豚肉を食べない。


これらの写真はすべて有馬白百合幼稚園スタッフが撮影したものです。
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参考文献:Microsoft Encarta Reference Suite 2000 (エンカルタ総合大百科2000)
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